海馬から前頭前皮質への記憶の転送の新しいモデル提唱

エピソード記憶の形成と想起には、海馬・前頭前皮質・扁桃体にできるエングラム細胞が「サイレント」→「アクティブ」または逆に移行するという仕組みによって起きている|理研




■エピソード記憶の形成と想起には、海馬・前頭前皮質・扁桃体にできるエングラム細胞が「サイレント」→「アクティブ」または逆に移行するという仕組みによって起きている|理研

海馬から前頭前皮質への記憶の転送の新しいモデル提唱
エピソード記憶の形成と想起には、海馬・前頭前皮質・扁桃体にできるエングラム細胞が「サイレント」→「アクティブ」または逆に移行するという仕組みによって起きている|理研

参考画像:海馬から大脳皮質への記憶の転送の新しい仕組みの発見-記憶痕跡(エングラム)がサイレントからアクティブな状態またはその逆に移行することが重要-(2017/4/17、理化学研究所プレスリリース)|スクリーンショット

海馬から大脳皮質への記憶の転送の新しい仕組みの発見-記憶痕跡(エングラム)がサイレントからアクティブな状態またはその逆に移行することが重要-

(2017/4/17、理化学研究所プレスリリース)

本研究では、記憶を担う細胞(記憶痕跡細胞またはエングラム細胞)を標識・操作する研究手法注1)を用いて、大脳皮質の前頭前皮質で、学習時に既にエングラム細胞が生成されていることを発見しました。この前頭前皮質のエングラム細胞は、海馬のエングラム細胞の入力を受けることによって、学習後徐々に構造的・生理的・機能的に成熟することも発見しました。逆に、海馬のエングラム細胞は、時間経過とともに活動休止、脱成熟することが分かりました。つまり、これまで考えられてきた海馬から大脳皮質への記憶の転送のアイデアは、前頭前皮質のエングラム細胞の成熟と海馬のエングラム細胞の脱成熟により、記憶想起に必要な神経回路が切り替わることで説明できるようになりました。

理化学研究所脳科学総合研究センター理研-MIT神経回路遺伝学研究センターの利根川進センター長と北村貴司研究員、小川幸恵研究員、ディーラジ・ロイ大学院生らの研究チームによれば、日常の出来事の記憶(エピソード記憶)がどのようにして海馬から大脳新皮質に転送されて、固定化されるのかというメカニズムがわかったそうです。

これまでの研究によれば、記憶というのは、海馬(エピソード記憶の形成や想起に重要な役割を果たす脳領域)から大脳皮質に徐々に転送されて、最終的に大脳皮質に貯蔵されるのではないかと考えられていました。

この考え方は「記憶固定化の標準モデル」と呼ばれています。

今回の研究では、主に4つのことがわかりました。

(1)学習時に既に前頭前皮質で記憶エングラム細胞は生成される

つまり、この実験により、これまで考えられてきた記憶固定化の標準モデルとは異なり、学習時に活性化した前頭前皮質には、学習して1日後には既にエピソード記憶情報を保持している、エングラム細胞ができていることが分かりました。

先程紹介した「記憶固定化の標準モデル」とは違って、学習して1日後にはエングラム細胞(記憶痕跡細胞)は前頭前皮質にできていることがわかりました。

(2)前頭前皮質のエングラム細胞は、時間とともに成熟する

つまり、前頭前皮質のエングラム細胞は、最初から記憶情報は持っているけれどもすぐには想起に使えない状態にあります。これを、「サイレントなエングラム」と呼ぶことにしました。しかし、時間経過とともに、樹状突起を増加させ、前頭前野での神経細胞同士のつながりを強化し、その結果、実際の記憶想起に使われるばかりでなく、そのために不可欠になりました。

前頭前皮質のエングラム細胞は最初は「サイレント」な状態にあるのですが、海馬のエングラム細胞からの神経刺激の入力によって成熟し、「アクティブ」な状態に移行することがわかりました。

(3)海馬の記憶エングラム細胞は、時間とともに脱成熟する

つまり、海馬のエングラム細胞は、前頭前皮質のエングラム細胞とは逆に、「アクティブ」な状態から、時間とともに「サイレント」な状態に移行することになります。

海馬のエングラム細胞は「アクティブ」から「サイレント」に移行することがわかりました。

(4)扁桃体の記憶エングラム細胞は、時間に関係なく成熟している

扁桃体のエングラム細胞は海馬のエングラム細胞と同様に、学習の直後にアクティブな状態で形成され、恐怖記憶に基づく「すくみ反応」に貢献し、また前頭前皮質のエングラム細胞の形成に不可欠です。本研究によって、さらに、学習後経過する時間にかかわらず、アクティブな状態を維持することが分かりました。

恐怖記憶に関わる扁桃体から前頭前皮質への神経刺激(ショック情報を提供する)が、前頭前皮質のエングラム細胞の生成に必須であること、また扁桃体のエングラム細胞は時間に関わらず「アクティブ」な状態を維持することがわかりました。




■まとめ

今回の研究結果を参考にすれば、エピソード記憶の形成と想起には、海馬・前頭前皮質・扁桃体にできるエングラム細胞が「サイレント」→「アクティブ」または「アクティブ」→「サイレント」に移行するという仕組みによって起きていることがわかりました。

1.学習時に海馬においてエングラム細胞は最初に形成される。

2.引き続き学習中に、海馬のエングラム細胞は、恐怖記憶に関わる扁桃体の細胞とともに、前頭前皮質のエングラム細胞を生成する(学習時)。

3.学習後2~10日の間に、サイレントだった前頭前野のエングラム細胞は、海馬のエングラム細胞からの神経入力によって、徐々に前頭前皮質のエングラム細胞は機能的に成熟する。

4.一方で、海馬のエングラム細胞は時間とともにサイレント化する。

5.その結果、学習後1日の記憶想起では、「海馬→大脳嗅内皮質→扁桃体」の神経回路が使われるが、学習後2週間以降の記憶想起では、「前頭前皮質→扁桃体」の神経回路が使われる。=想起のための刺激の配達ルートにシフトが起こる

海馬から前頭前皮質への記憶の転送の新しいモデルが提唱されたことで、新しい考え方が生まれてくるかもしれませんね。