料理って誰のため?/誰かのために作るから、料理は続く/誰かのために作る料理が、愛おしい




長谷川あかりさんの投稿を受けて料理レシピの紹介に「夫が絶賛した」「子どもがパクパク食べた」などの他者評価が入ることに違和感を示す声が目立っています。

確かに記憶をたどれば『作ってあげたい彼ごはん』みたいな表現が注目されたなぁと感じたこともありました。

ただ料理を自分のためだけに作るのって大変です。

例えば、その日家族が出かけていて自分ひとりだったらご飯をササっと済ませちゃうなんてことは誰しも経験しているはず。

これって決して料理が嫌いってわけじゃなくて、自分のためだけならきちんと料理を作るのってすごくハードルが高いってことなんだと思うんです。

自分のために頑張るのってハードルが高いんですよね。

年をとればとるほど実感します。

家族がいるからこそ頑張れる。

むしろ誰かがいなかったら料理なんて頑張れないと思うんです。

家族の栄養を考えて献立を考えて、買い物に行って、料理をして、片づけをして、これを毎日繰り返すんですよ。

これがひとりだったら甘えちゃうと思うんです。

それにかわいいと思うんですよ。

今まで料理に興味を持たなかった人(男女関係なく)が相手のために料理を作りたいから料理研究家や料理の得意な人をフォローして、そのレシピを参考に料理を作るって行為。

素敵じゃないですか!

それを思うだけで愛おしい。

一日頑張ってきて、食べたらほっとする料理。

最近ちょっと元気ないから、好きなものでも作ってあげようかなと思って作る料理。

初めての料理を作って、おいしかったねーみたいな会話が生まれる料理。

どれも素敵ですよね。

みんないろんな重荷を抱えて人生を生きています。

私の理想はそんな重荷を少しの間でもおろしてあげられる料理であること。

その料理を通じて誰かの重荷を下ろしてあげて、その方が軽やかな人生を歩んでほしいなぁと思います。







この街を初めて訪れた方へ

この記事は、例えるなら「ばあちゃんの料理教室(ハクライドウ)」という街の中の「ひとつの家」です。

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単発の健康情報やレシピの話ではありません。

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