Nature誌に掲載されたある論文では、吸血鬼ドラキュラが「若い血」を求めるように、若い血液には脳を若返らせる力があるのではないか?という発想をもとに、血液中の成分が脳の老化に関係している可能性があるのか、具体的には、老化が脳の「神経新生」(新しい神経細胞が生まれること)や「認知機能」(記憶や学習能力)にどう影響するかをマウスの実験で調べたところ、若い血液が老齢マウスの脳を若返らせる効果が確認されました。
■背景
神経新生とは、成人の脳でも新しい神経細胞が生まれるプロセスで、特に「海馬」という記憶や学習に関わる脳の領域で重要です。
若い動物では神経新生が活発ですが、加齢とともにその能力が低下し、記憶力や学習能力も衰えます。
面白いことに、運動などの生活習慣でこれが改善される場合があることから、「全身の環境(特に血液中の物質)が脳に影響を与えているのでは?」と研究者は考えました。
脳には「血液脳関門」というバリアがあり、血液中の物質が簡単には脳に入らないようになっていますが、神経幹細胞(新しい神経細胞を作る元となる細胞)は脳の血管の近くに存在します。
このため、血液中の因子が神経新生に影響を与える可能性が考えられました。
■結果
若いマウスと老齢マウスの血管をつなぎ、血液を共有させることにより、若いマウスが「老化した血液」に、老齢マウスが「若い血液」にさらされる状況を作りました。
その結果が次の通り。
〇若いマウスの神経新生が減少し、老齢マウスの神経新生が増加。**血液の「若さ」**が神経新生に影響することがわかりました。
〇老齢マウスの血漿(血液の液体成分)を若いマウスに注入。すると、神経新生が減少し、記憶や学習能力(空間学習や恐怖条件付け)が低下しました。
〇逆に、若いマウスの血漿を老齢マウスに注入すると、神経新生が増える傾向が確認されました。
〇血液中の「サイトカイン」や「ケモカイン」というタンパク質に注目し、老化に伴って増える因子を調査した結果、**CCL11(エオタキシン)**というケモカインが、老齢マウスや高齢者の血液・脳脊髄液で増加していることを発見。
若いマウスにCCL11を注射すると、神経新生が減り、学習・記憶能力が低下しました。
※ケモカインはサイトカインの一種です。 サイトカインとは、免疫担当細胞をはじめとする各種の細胞から産生される生理活性物質の総称で、主に産生された”局所”で作用します。
〇CCL11は、老化に伴って血液や脳脊髄液で増加するケモカインで、神経新生を抑制し、認知機能を下げる「犯人」の一つ。
ヒトでも高齢者でCCL11が増加していることが確認され、老化と脳の機能低下の関連が示唆されました。
■まとめ
老化に伴う神経新生や認知機能の低下は、**血液中の因子(特にCCL11など)**の変化が原因の一部である可能性が示唆され、老化による脳の機能低下は、単に脳自体の問題だけでなく、**全身の環境(特に血液)**が影響していることがわかりました。
今回の研究では、老化を促進する因子としてCCL11が特定されましたが、若い血液には脳を活性化する成分が含まれ、老化した血液にはそれを抑える成分があると考えられるものの、若い血液に含まれる「若返り因子」についてはまだわかっていません。
ただ脳の老化を抑えるには血液の若さを意識することが今後注目されていくのではないでしょうか?
具体的にはCCL11は炎症や高脂肪食でも増える可能性があり、不健康な生活が若い人でも脳の老化を早めるリスクがあるので、脳の老化を防ぐにはジャンクフードの食べすぎに気を付けたいですね。
また運動や健康的な生活が脳に良い理由が、実は血液を通じて脳に良い影響を与えているからかもしれないというのも興味深いところです。
【参考リンク】
- Villeda SA, Luo J, Mosher KI, Zou B, Britschgi M, Bieri G, Stan TM, Fainberg N, Ding Z, Eggel A, Lucin KM, Czirr E, Park JS, Couillard-Després S, Aigner L, Li G, Peskind ER, Kaye JA, Quinn JF, Galasko DR, Xie XS, Rando TA, Wyss-Coray T. The ageing systemic milieu negatively regulates neurogenesis and cognitive function. Nature. 2011 Aug 31;477(7362):90-4. doi: 10.1038/nature10357. PMID: 21886162; PMCID: PMC3170097.
- 吸血鬼が若い血を好むのには根拠があった?!~若い生き血でボケ防止~(2011年、慶應義塾大学)