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【呪文】折坂悠太さん、生活を見直し健康になったことで生まれる音楽があった!




折坂悠太 – 呪文 Album Full (Official Visualizer)

折坂悠太が新たな風をまとって語る『呪文』。この世界に、しいて何か望むなら

(2024/6/24、NiEW)

去年の10月ぐらいに一度気持ちが落ちちゃったんですよね。「残りの人生、こんな感じで生きるのは嫌だ」と思って、生活を見直すことにしたんです。それ以降、走るようになったし、柔軟体操をするようになりました。あとはお酒を飲まなくなったり。

<中略>

最初はもうちょっとテクニカルに考えたんですよ。「こういう曲を書けばいいんじゃないか」とか「こういうステートメントのうえで何かをやったら抜け出せるんじゃないか」と思っていたんですけど、実際はそういうことじゃなくて、日々の健康が大事だった。身体の動きそのもので体得していくものが大きかったんです。

折坂悠太さんの楽曲政策のお話の中で、こういう曲を書こうと思って書くのではなくて、生活を見直して、走ったり、柔軟体操をしたり、お酒を飲まなくなり、心身ともに健康になったことで、生まれる音楽があるというのは面白いアプローチだと感じました。

なんとなく音楽というモノはヒリヒリとした極限の状態で書くのがカッコいいみたいなものがあるイメージがあったのですが、自分自身が健康だからこそもう一人の自分と向き合える準備ができて、そこで音楽が生まれることもあるんでしょうね。

例えばクリエイティブな職業の人がいるとして、「ちょっと仕事がスランプ気味かも?」という方もいるでしょう。

そういう時には才能が枯れてしまったからみたいな発想に行きがちですが、実は不健康なだけかもしれません。

体の不調が仕事の不調を生んでいるにもかかわらず、なぜか健康を忘れがちです。

もっと私たち自身が心身のヘルシーさを意識して行動することでいいものが生まれたり、いい仕事ができるようになるのではないでしょうか?







P.S.

昨年末にお話を伺ったとき、「最近アンビエントを聴いている」という話をされていましたが、音楽的なモードの変化も影響しているのでしょうか。

折坂:それはすごくあると思います。以前はその音楽がどういう文脈のなかにあるのか、考えながら聴いていたと思うんですよ。いまもそういう傾向はある一方で、私がアンビエントに感じる感覚というのは、家具や器から受け取るものに近いんです。

私の場合、家具や器に対して意義や文脈とかいちいち考えないで使っているわけですが、「この家具、好きだな」という肌触りだけがあるんですね。アンビエントも似たような感覚で、「この音の耳触りが好きだな、気持ちいいな」というだけなんです。

「こういう世界観/コンセプトにしないといけない」とかすべてを意味のあるものにしようとすると窮屈になってしまいます。

むしろこの感じ・感触好きだなみたいなものを集めたものを一つのアルバムにするというのも面白いですよね。