「既存の仕組み・ルールを壊す」という言葉について考えてみる!




■「既存の仕組み・ルールを壊す」という言葉について考えてみる

If I Ruled the World

by Guian Bolisay(画像:Creative Commons)

既存の仕組みをぶっ壊し、僕はゲームチェンジャーを目指す by 佐俣アンリ(投資家)

(2016/4/20、The First Penguin)

ゲームチェンジャーは、既存のルールを無視します。やることがめちゃくちゃなので周囲から非難されたりしますが、必ず新たな価値観が生まれます。こういった存在は、日本にはまだいません。アメリカでは切磋琢磨しながら進化しているのに、日本では「古き良き」が居座り続けています。
もちろん「古き良き」を大事にするのはいいことです。しかし、僕個人としてはもう少し緊張感がほしい。「古き良き」がある一方で、それを壊そうとする勢力にも存在してほしい。

「既存の仕組み・ルールを壊す」ということについて考えてみたいと思います。

例えば、銀行・金融ではFintech(フィンテック)というITを駆使して金融サービスを生み出したり、見直したりする動きが起きています。

FinTechとは金融(Finance)と技術(Technology)を掛け合わせた造語です。

これまでは金融機関に合わせてユーザーが対応するという視点だったのに対して、これからはユーザー目線に合わせて金融機関がサービスを提供していくようになっていくでしょう。

これは「既存の仕組み・ルールを壊す」という一つの例です。

ただ、今回の記事を読んだときに2冊の本を思い出し、2つのことを考えました。

■「古き良き」を壊すのではなく、疑うことが大事

一冊目は「ファンタジア」(著:ブルーノ・ムナーリ)という本で、この本の「伝統」について書かれている文章が考えさせられたのを覚えています。

ファンタジア

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大衆文化とは、ファンタジア、創造力、発明を繰り返し表明するものである。

この文化についての客観的価値は、技術面でも、芸術面でも、伝統と呼ばれるものに蓄積される。

そしてこれらの価値は次から次に、新たなファンタジア及び創造力の活動によって判定され、これまでの価値を上回ったということになれば取って代わられる。

こうして伝統は、人々にとって有益な客観的価値が絶え間なく変化したものの総体となる。一つの価値をファンタジアも用いずに型通り繰り返しても、伝統を継承することにはならず、かえって伝統を停止させ、死に至らしめることになる。

伝統はある集合体の客観的価値の総体なのだから、その力を弱体化させたくないなら、常に集合体に新しいものを取り込むべきではないだろうか。

伝統というのは、古いというイメージを持っている人も多い(私もその一人でした)と思いますが、伝統というのは、新しいものを取り入れ、その価値が今までのモノの価値よりも優れている場合には取って代わっていくものなのです。

つまり、「古き良き」という言葉には、古いから良いものではなくて、新しいものと古いものとの価値を比べてきた中で良いものが残ってきているという意味が込められているはずなのです。

だからこそ、「古き良き」を壊すという考え方には同意できませんし、正確な言葉を使うならば、「古き良き」を疑うというのがよいのではないでしょうか。

■既存の仕組みを壊すには覚悟が必要

そして、もう一冊が「なぜデザインなのか 原研哉 阿部雅世 対談」。

なぜデザインなのか。

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ヨーロッパの文化というのは保守だと思うのです。

ヨーロッパにおける保守は「進歩を疑う」ということだと思います。

要するに、いかにあなたが天才的な合理性を持っていたとしても、人類が何千年もかけて築いてきたこの叡智をあなた一代で覆すことはできないでしょう、という視点。

覆すにしても、その膨大な叡智を覆すのだという重みを持って覆しなさいという慎重な態度が背景にある。

積み重ねられてきた文化の堆積の尊厳をすごく大事にしているしそうだと思うんですね。

そういう保守が分厚すぎるから、ヨーロッパにおける若者文化やデザインは時にパンキッシュに走る。

「既存の仕組みを壊す」「ゲームチェンジャーになる」というのは言葉としてはかっこいいですし、惹かれるのも事実です。(私もその一人)

しかし、既存の仕組みを壊すにはそれ相応の考え・覚悟が必要なのだともこの本から学びました。

「既存の仕組みを壊す」という言葉には、もう一つ考えておくことがあると思います。

それは、「人と人とのつながり」です。

行き当たりばったりで年商400億円!誰より早くアフリカで商売ができた理由

(2016/4/18、cakes)

日本の車は右ハンドルだから、同じく右ハンドルの車が走ってる東アフリカのタンザニアとケニアに拠点を構えようとしたんですが、そこで大失敗するんですよ。

堀江 なんで?

金城 売れなかったんですよ。理由は単純で、僕らの車がアンゴラで売れていたのは、アンゴラ人兄弟のお父さんのコネがあったから。つまり信用があった。アフリカの人たちにとって車を買うっていうのは、生涯年収をはたくようなイメージなんです。だから、よそから来た20歳前後にガキにそんな大金渡せるかって話で、もう、1台も売れませんでしたね。

モノや仕組みがどんなに優れていても大事なのは信用・信頼なのです。

現在の社会の仕組みに合わなくなった既存の仕組みを変えるという考え方には賛成しますが、それが人と人とのつながりを壊すことにつながってはいけないと思います。

今はスピードの時代ともいえ、乗り遅れたら時代に取り残されてしまうという意見もあるでしょう。

「積み重ねられてきた文化の堆積」を壊すのは一瞬です。

ただし、間違っていたことに気づいても戻すには時間がかかります。

だからこそ、私たちは学び続けなければならないのでしょう。




■追記【2017/8/26】

「ブロックチェーンで既得権を破壊する」と豪語、起業家・篠原ヒロとは何者? —— 肩書きは起業家・オタク・ハッカー

(2017/8/25、Business Insider)

「世の中の既得権的産業をいったん粉々にゼロリセットして、ビジネスではなく、社会的インパクトに投資できるプラットフォームを創りたい」

“既存のルール”や“既得権”を破壊してリセットにするという魅力的な言葉に映りますが、ふと考えると、それって本当に魅力的なのかと思ってしまいます。

記事で紹介されている起業家の考え方・スケジュールを見ていると、既存のルールを否定していながら、「会社の床に寝泊まりするくらいハードワーキングしなければならない」「服にはいつも同じものを着る」「個人間の評判や認証の価値のある時代が来るから、Airbnbを使うことで、認証を貯める」というように、シリコンバレー的な概念や幻にとらわれている気がしてしまいます。

もちろん、ある一定の時期ハードワークをしなければいけない時もあるでしょうし、毎日どんな服を着たらいいか決めるのは起業家にとっての決断メーターを減らすことにつながるから毎日同じ服を着ると決めることも選択肢の一つでしょう。

【関連記事】

ただ、開発したサービスを使ってもらいたいのは、「毎日どんな服を着たらいいのかな」ということを悩んで生活をしている人たちです。

まず2Dゲームで開発、社員300人で1週間遊ぶ!? 新作ゼルダ、任天堂の驚愕の開発手法に迫る。「時オカ」企画書も公開! 【ゲームの企画書:任天堂・青沼英二×スクエニ・藤澤仁】

(2017/3/2、電ファミニコゲーマー)

「それに、そういうカオスな環境に行きすぎると地に足がついていない作品になっていく、と僕は思ってます。今回の『ゼルダ』も、確かに大変な状況でしたけど、昔のように仕事に追われて私生活がおろそかになるようなことにはなっていません。やはり生活の中で、しっかりと今の時代の空気を吸い込みながら毎日作っていかないと、共感してもらえるような作品を継続的に生み出すことはできない気がしています。」

時代の空気を吸い込みながら、豊かな日常を過ごしているからこそ、人々に共感してもらえるようなものが生み出されるというのがこれから必要なんじゃないかと思うのです。

以前、ラジオ番組で椎名林檎さんと亀田誠治さんとの対談があって、「インスピレーションは生活から生まれる」という話をされていたことを覚えています。(書き起こしです。)

「インスピレーションは生活・人としての暮らしに尽きる。
食べ物もそうですけど、感じいる時があり、それが栄養になっている。
後になって気づく。
日々の日常が積み重なっていって、作品を作るときに、引っ張りだされる。
人生が映っているものじゃないと、興味がわかないでしょ。
みんな自分にしか興味が無い時代だから、それを投影するというか、似てるとかそれはやっぱり人生が映っているから、苦しみとか。
日常を濃く生きるかが創作のヒントになる。
隠したくてもそのまま出ちゃってる。」

同じ時代を生きる人々と同じ空気を吸いながら、日常を過ごす中で、「こうしたほうが人々はワクワクするんじゃない?」というアイデアこそ価値ある時代になっていくのではないでしょうか。

任天堂の宮本茂さんと糸井重里さんの対談では「消費者として標準的であること」が取り上げられています。

社長の代わりに糸井重里さんが訊く「スーパーマリオ25周年」|Nintendo

そういうことって、やっぱり人それぞれですから、
なにが正しいとかはないと思うんですけど、
やっぱり、あまりにも自分の感覚が一般と違うと、
整理した「インプット」が役に立たなくなってしまうので。
消費者心理としてどうか、というときに、
話が通じなくなってしまうんですよ。

価値観は人それぞれですが、ただあまりにも自分と世間との感覚がずれてしまうと、自分が考えて整理した「インプット」が役に立たないものになってしまいかねません。

何か新しいプロダクト(製品)・サービスを世の中に生み出したいと考えている人は、「どういう日常を過ごすか」、「消費者として標準的であること」をもっと意識することが重要なのだと思います。

そうすると、普通の人と同じ目線で、物事を見て、知らず知らずのうちに、解決したくなる問題が現れてくるという人になれるのではないでしょうか。

既存の仕組みやルールを破壊することを目指すよりも、新しい価値観を創出したり、見えるようにする方が魅力的だと思いますが、いかがでしょうか?







【関連記事】

P.S.

「流れを意識する考え方」|「より遅いほうがより速い(SLOWER IS FASTER)」|MIT

「このスピードでこの進路をとれば何にも衝突しない」ということが計算されて分かっているから、迷わずに一定のスピードで交差点に入って、出ていくことができるわけです。

<中略>

この原理を「より遅いほうがより速い(Slower is faster)」とMITの研究者たちは呼んでいるそうです。

スピードを上げることを意識するのではなく、流れを意識すること。

このことが重要なのではないでしょうか。