【目次】
- 「生まれ(Nature)」か「育ち(Nurture)」かだけではない!もう一つ「エピジェネティクス(epigenetics)」が関係している!
- 「エピジェネティクス(epigenetics)」とは?
- エピジェネティック・マークは環境により影響される可能性がある!
- エピジェネティック・マークは生まれた後も同じように影響する!
- 「エピジェネティクス」によって病気の治療法はこう変わる!
■「生まれ(Nature)」か「育ち(Nurture)」かだけではない!||What is Epigenetics? Life is not determined only by 'Nature' or 'Nurture'!|もう一つ「エピジェネティクス(epigenetics)」が関係している!
by Philippe Put(画像:Creative Commons)
「生まれ(Nature)」か「育ち(Nurture)」かという問いについて聞いたことがある人も多いと思います。
「人生の成功に影響を与えているのは生まれだ」「いや育ちか」というような論争です。
「生まれ(Nature)」はDNAに大きく影響されるという考え方で、「育ち(Nurture)」は家庭環境に大きく影響されるという考え方です。
しかし、一卵性双生児の子供には、生まれも育ちもほとんど同じにもかかわらず、性格の違いが現れたり、好きな食べ物が違ったり、得意なスポーツ・楽器が違ったり、時には片一方だけが病気になってしまったりすることがあります。
エピジェネティクスと遺伝子への影響 | コートニー・グリフィス | TEDxOUによれば、例えば、幼い時期に自閉症やぜんそく、双極性障害(躁うつ病)が双子の一方にだけ発症したという報告があるそうです。
そこには「生まれ」か「育ち」かだけでは答えることができない「何か」があると考えられました。
その何かというのが「エピジェネティクス(epigenetics)」です。
今回は、エピジェネティクスについて、簡単に、わかりやすくまとめてみたいと思います。(エピジェネティクス入門編と思っていただければうれしいです)
■「エピジェネティクス(epigenetics)」とは?
エピジェネティクスと遺伝子への影響 | コートニー・グリフィス | TEDxOU
「エピジェネティクス(epigenetics)」と聞くと、途端に難しく感じますが、「エピ(epi)」は「の上に」という意味で、「ジェネティクス(遺伝子、遺伝学)」という意味で、「エピジェネティクス」は「遺伝子の上に修飾が入ったもの」とか「DNAとヒストンの上に乗っている”説明書”」(by コートニー・グリフィス)と言い換えることができます。
世界初・染色体の新しい構造ユニットの特殊な立体構造を解明 癌をターゲットとした創薬研究に重要な基盤情報を提供(2017/4/17、早稲田大学)によれば、エピジェネティクスの本質を「遺伝情報の収納様式の違いにある」と書かれています。
【参考リンク】
- エピジェネティクス(2015/12/28、国立環境研究所)
by anika(画像:Creative Commons)
人間の体には50兆個ほどの細胞が体にあり、その全部に1.8メートルのDNAが「ヒストン(Histone)」と呼ばれるタンパク質の集合に巻き付ける方法で、40万分の1サイズの細胞の核に納められているいるそうです。
ヒストンは「分子の糸巻き」に例えられ、細胞の中にはヒストンが約3千万個入っているそうです。
by AJC1(画像:Creative Commons)
ヒストンにDNAが巻き付いたものは「クロマチン(Chromatin)」と呼ばれるそうです。
遺伝子がクロマチン構造の中に固くぎゅっとしまっているときには遺伝子がそこにあるにもかかわらず遺伝子は解読できない状態にあるのですが、ここでエピジェネティクスが関係します。
エピジェネティック・マーク(Epigenetic Marks)はクロマチン上に存在する小さな科学的符号で構造を締めるか緩めるかというクロマチンへの命令を補助するもので、それらの命令は細胞がどのようにDNAに書かれた細胞の働きや分化に関する情報である遺伝コードを読み取るかに影響します。
例えば、クロマチンの凝縮を促進するエピジェネティック・マークがあると、潜在的遺伝子は妨害され、細胞は遺伝情報の解読ができない、つまり、遺伝子をオフにするのです。
クロマチンの脱凝縮(緩めること)を促進するエピジェネティック・マークがあると、細胞内で遺伝子への到達しやすさが増す、つまり、遺伝子読解をオンにするのです。
toio™ コンセプトムービー | toio™ Concept Movie|アナウンストレーラー
ロボット・プログラミングによるSTEM教育に役立つおもちゃについて取り上げたことがありますが、sonyのtoioというおもちゃで今回の仕組みについて例えてみると、「DNA」がキューブであり、「エピジェネティクス」とはプログラミングされたカートリッジといえるのではないかと思います。
toioコアキューブ自体の持つセンサーやモーター自体は同じでも、プログラミングされたカートリッジを変えることで機能が変わるのですが、人間の遺伝子も同様に、同じ遺伝子を持っていても、どのような命令(プログラミング)をするかによって細胞が変化していくのです。
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多くのエピジェネティック・マークは胚発生の間に定着するそうです。
妊娠してすぐの細胞分裂が始まったばかりの時体中どの細胞にも変化できる未分化な胚性幹細胞の時はクロマチンはまだそれほど多くのエピジェネティック・マークを持っていないそうです。
細胞が分裂を開始し、周辺細胞からの信号や情報を受けた時期にエピジェネティック・マークは蓄積し始め、遺伝子をオン/オフし始めるそうです。
■エピジェネティック・マークは環境により影響される可能性がある!
#エピジェネティクス(#epigenetics )とは?簡単にわかりやすくまとめました【入門編】|人生は生まれか育ちかだけで決まるわけではない!https://t.co/2SAeZKwHMJ
「エピジェネティクス」は「遺伝子の上に修飾が入ったもの」とか「DNAとヒストンの上に乗っている”説明書”」に言い換えられます。 pic.twitter.com/nxhLparFzV— ハクライドウ (@hakuraidou) 2017年12月9日
エピジェネティクスにおいて重要なポイントは、エピジェネティック・マークは環境により影響される可能性があるということです。
この場合における「環境」とは、神経細胞に周辺細胞が神経の形になれと命令するような細胞間の環境のみを意味しているのではなく、成長する赤ちゃんの外側の環境のことも含んでいます。
例えば、母親が食べたものや妊娠中に摂ったビタミン類、喫煙、家庭内や仕事場で受けたストレスは全て化学シグナルとして血流にのって発育中の胎児に到達するかもしれないそうです。
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マウスの実験では次のようなことがわかっているそうです。
- アグーティ遺伝子(マウスを太らせ黄色にする、がんや糖尿病のような病気を引き起こすのではないかといわれている)の特徴はDNAを介して世代から世代へと遺伝していくので、アグーティ遺伝子を持つ母親はその子が同じアグーティ遺伝子を持っているなら太った黄色の病気になる傾向のある子どものマウスを生むことになると考えられる。
- しかし、アグーティ遺伝子は不活性化エピジェネティック・マークが周囲に蓄積するとオフになる。
- アグーティ遺伝子を持っている母親がエピジェネティック・マークを不活性化する食事を与えられたなら、それらのマークは化学的に胎児のDNAに伝えられて、アグーティ遺伝子の周りに蓄積し、アグーティ遺伝子をオフにする。
- 胎児はその状態を保ち、そのマウスは成長しても、やせて茶色で健康
つまり、このことは、母親がDNAの全く同じ子供たちを持ったとしても、妊娠中に食べた食事や喫煙といった行動によって、子供たちの健康に違いが現れる可能性を示唆しています。
もう一つ、エピジェネティクスにおいて重要なポイントは、エピジェネティック・マークが伝搬するのは妊娠中の母親から胎児へだけでなく、マークが卵子/精子の遺伝子に定着すると、孫、ひ孫というように世代から世代へと遺伝することです。
つまり、このことはライフスタイルが数世代先の子孫に影響するかもしれないと考えられます。
スウェーデンとイギリスで長期にわたって行われた研究では、若い男性が精子の発育する思春期よりも以前に食べ過ぎたり、タバコを吸い始めると、息子や孫(息子)の寿命が短いという結果があるそうです。
【参考リンク】
- Pembrey et al 2006, Eur. J. Hum. Genet 14: 159-166 Sex-specific, male-line transgenerational responses in humans.
これはエピジェネティック・マークが食事と喫煙行動によって変化し、次世代の将来の健康に影響したと考えられます。
また、がんの研究などにも重要な意味を持つ「エピジェネティクス」|テルモ生命科学芸術財団の解説によれば、エピジェネティクス状態をコントロールすることによってDNAのメチル化を正常化することができれば、がん治療ができるのではないかと考えられるそうです。
■エピジェネティック・マークは生まれた後も同じように影響する!
もうひとつ覚えておきたいことは、発育途中の胎児のときだけ、もしくは精子/卵子が形成される時だけに起こるのではなく、生まれた後も同じように影響するということです。
ラットは糖質コルチコイド受容体の遺伝子を持っています。
この遺伝子はラットの脳の特定領域で読み取られ、これが発現されるとストレス状況への対応を促します。
ラットの脳のこの部位にこの受容体がたくさんあればあるほど上手くストレスに対処できるそうです。
生後一週間の母ラットと子ラットの相互作用が子ラットが成長して脳の中に保持する糖質コルチコイド受容体の数、つまり子ラットがストレスにどれだけうまく対応するようになるか、長期的に影響する可能性があることを示した研究があります。
子ラットが生まれた時糖質コルチコイド受容体遺伝子の周囲には多くの不活性化エピジェネティック・マークがある、つまりこの遺伝子をオフにしています。
もし母ラットが生後一週間に子ラットをよく舐めたり、手入れしたり、面倒見がよかったならば、子ラットの不活性化エピジェネティック・マークは取り除かれるかもしれません。
糖質コルチコイド受容体遺伝子はオンになります。
この状態が生涯を通じて子ラットの脳に続きます。
その子ラットはストレス対処ができる適応力のある動物に育つのです。
もしも母ラットが子ラットを無視すると、糖質コルチコイド受容体遺伝子は不活性化エピジェネティック・マークを保持したままになり、取り除かれず、子ラットの脳に生涯を通してとどまるため、子ラットはストレス状況に弱く育つでしょう。
Moshe Szyf(モシェ・シーフ):DNAへ人生初期の経験が刻まれる|TED
【参考リンク】
- Weaver, et al. (2004) Epigenetic programming by maternal behavior.
■「エピジェネティクス」によって病気の治療法はこう変わる!
がんの研究などにも重要な意味を持つ「エピジェネティクス」|テルモ生命科学芸術財団によれば、エピジェネティクス制御には、1.DNAのメチル化(シトシンについている水素がメチル基に変わるとDNAに目印が付く)することで遺伝子の働きが制御される、2.ヒストン修飾(ヒストンに目印が付く)の2種類があるそうです。
【参考リンク】
- 遺伝子発現の制御機構としてのヒストン修飾の発見|ジャパンプライズ
私たちの体にはがん抑制遺伝子があり、細胞をがん化から守る役目があるのですが、不活性化エピジェネティック・マークがその遺伝子の周りにたくさん蓄積されると、遺伝子がオフになり、細胞を守ることができなくなってしまいます。
そこで考えられているのは、不活性化エピジェネティック・マークを効果的に取り除き、がん抑制遺伝子を細胞を守る役割に戻すという薬です。
細胞同士の反発の原理を活用したがん細胞が組織から排除される仕組みの解明|京都大学では、細胞には”おしくらまんじゅう”のように、正常な細胞ががん細胞を認識してはじき出す能力があるという考え方があり、それについての研究について紹介しました。
「エピジェネティクス」の考え方からすれば、がん細胞を押し出すのではなく、細胞の本来の役目を思い出させることにより、がんを治療しようというものになるのです。
「エピジェネティクス」に関する研究が進めば、新しいがん治療法やそのほかの病気(糖尿病、全身性エリテマトーデス、ぜんそく、アルツハイマー病など)の治療法が出てくることが期待されます。
■まとめ
人間は「生まれ」や「育ち」だけで運命が決まるのではなく、「エピジェネティクス」によっても影響されるということです。
「エピジェネティクス」の考え方によれば、遺伝子の影響は大きいから変えられないという考えは間違いであり、自分自身のライフスタイルによって人生を変えられるということを示すものです。
また、どのような健康的なライフスタイルを選択するかが、自分自身だけでなく、子孫にまで影響を及ぼすのですから、これからどんなライフスタイルをしていくのがよいのか一緒に考えていきましょう。
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P.S.
今回の記事で紹介したエピジェネティクスに関するラットの実験によれば、母ラットが生まれた初期の段階で子ラットをよく舐めたり、手入れしたり、面倒見がよかったならば、子ラットの不活性化エピジェネティック・マークは取り除かれる可能性があり、ストレス状況への対処ができるようになる遺伝子である糖質コルチコイド受容体遺伝子はオンになり、子ラットはストレス対処ができる適応力のある動物に育つそうです。
ニホンザルはなぜ毛づくろいをするのか?グルーミングの3つの意味とは?では、毛づくろいには、1.シラミをとる(直接的)、2.不安を和らげる(心理的)、3.社会的な絆を深める(社会的)という3つの意味があると紹介しました。
なぜスキンシップが多いバスケットボールチームは強いのか?|身体的接触のもたらす2つの効果で紹介した、New Research Focuses the Power of Physical Contact(2010/2/22、The New York Times)によれば、スキンシップによって絆のホルモンともいわれるオキシトシンが分泌され、ストレスホルモンであるコルチゾールのレベルを下げることができるそうです。
子供の間に母親から面倒を見てもらう(舐める、手入れしてもらう=触れられる)ことによって、ストレスに強い子供ができることが期待されるだけでなく、日ごろのスキンシップによって、不安を和らげたり、絆を深めることができるということがわかってきたわけですから、パパママは積極的にお子さんとスキンシップをとるようにしてほしいですね。
P.P.S.
オメガ3で心も変わる|オメガ3を摂っていないと母性の発動が遅れたり、産後うつになりやすいで紹介した麻布大学が行なった実験によれば、オメガ3を摂ったマウスと摂っていないマウスとでは、育児の積極性に差があり、オメガ3を摂っていないマウスは母性が発動しにくいという結果が出たそうです。
守口徹(麻布大学教授)によれば、子供に対して授乳しなきゃ、温めなきゃと母性が発動してくるはずなのですが、オメガ3を摂っていないと母性の発動が遅れ、子供にあまり興味を示さない、興味を示すまでに時間がかかると考えられるそうです。
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