『多動性』『移動する知性』|「アイデアと移動距離は比例する」(高城剛)をダニエル・ゴールマンと猪子寿之を参考に考えてみる。




■『移動する知性』|「アイデアと移動距離は比例する」(高城剛)をダニエル・ゴールマンと猪子寿之を参考に考えてみる。

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by fdecomite(画像:Creative Commons)

高城剛さんが言った「アイデアと移動距離は比例する」という言葉は、移動することによって、新しいものや文化を見て、経験したことからアイデアは生まれるというように解釈していた。

多分その考え方は間違っていない。

ただ、ダニエル・ゴールマンさんと猪子寿之さんの考え方を読んで、その言葉の印象は少し変わった。

フォーカス(著:ダニエル・ゴールマン)

フォーカス

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「新しいアイデアは、自分自身の内面で発想を許可しないと生まれてこないものです」と、セールスフォース社のCEOマーク・ベニオフから聞いたことがある。「わたしはオラクルの副社長をしていたとき、ハワイに行って、一か月間とにかくリラックスしたんです。そして、その時に自分のキャリアを変える新しいアイデアや展望や方向が見えてきたんですよ」

単純に読めば、「新しい土地でリラックスした生活を送ることで、アイデアや展望や方向が見えた」と読める。

この行動の中には変化がきっと起きているのだ。

何かを生み出すためには集中することが大事だ。

しかし、その前に様々な可能性をキャッチする「開かれた意識性」(フォーカスではこの言葉を使っている)を持つことによって、批判や決めつけをせず、ただ頭に浮かんだことを受け入れるということが欠かせない。

つまり、移動することによって、自分の内面の受け取り方が開かれたとも考えられるのだ。

もう一つ刺激を受けた考え方は、猪子寿之さんの考え方。

猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第6回「もう一つの“体育”で、『身体的知』(身体を固定しない“知性”)を鍛えたい」

(2016/3/1、ほぼ日刊惑星開発委員会)

これまでの学校や知的な訓練って、身体を固定して、もっと具体的に言えば椅子に座って働かせる知性なんだと思うんだよ。

<中略>

「図書室は静かに」というじゃない。この言葉に象徴されるように、従来の知性というのは、まさに美術館でパースペクティブのある絵画を見るときのように身体を固定して、他者も意識していなくて、インプットの情報量がほとんどない中で大脳をフル回転させる知性なんだよね。そもそも文章や記号というもの自体が、情報量としてはバイト数のほとんどないものだしね。でもさ、一方でたとえば、「IQよりも社会性のほうが社会的成功には関連性がある」みたいな主張の論文なんかがあるんだよ。
 それって、「社会性」がバズワードになっているだけで、要は椅子に座っていなくて、図書館みたいな特殊な状況ではない――外部からのインプット情報が極めて多くて、目も耳も感覚を全て使っているような――状態での、人間の能力のことなんじゃないかな。

猪子寿之さんの考え方を自分なりに解釈すれば、次のようになる。

従来の知性というのは、身体を固定して働かせる知性が重視されていたが、その状態というのは、自分自身が固定されていた状態で、相手も意識していない状態のため、インプットされる情報量が限られている。

『身体的知』(身体を固定しない知性)というのは、自ら移動しながら(身体が固定されておらず)、相手を意識した状態であるため、そこには五感をフルに働かせたことでおびただしい量のデータのインプットが得られる。

つまり、自らが移動することで視点を変えることによって、アイデアのもととなるひらめきが生まれるのだ。

ほとんど誰もが同じ情報にアクセスできる先進社会においては、新しい価値は、独創的な統合、アイデアの斬新な組み合わせ、手つかずの可能性を開く鋭い問いかけ、などから生まれる。
創造的なひらめきによって、様々な要素が有用かつ新鮮な形で結びつけられた結果である。

フォーカス(著:ダニエル・ゴールマン)

新しいものを生み出すには、開かれた意識性をもって、移動し、人やモノと触れ合うことで、様々な可能性を探ることが重要なのだ。

この言葉を短い言葉にするときっと「アイデアと移動距離は比例する」ということになるのではないか。

そして、もう一つの視点として、「移動距離」についてはこのようにとらえることもできるのではないか。

例えば、経営に関するアイデアを経営書から出すのではなく、アイデアの源泉となるものとして古典のような離れたところからもってくることも「移動距離」に当てはまるのではないだろうか。







【関連記事】

■少し動くだけでも空間的な概念が海馬に刺激を与える

「海馬 脳は疲れない」(著:池谷裕二・糸井重里)

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海馬にとって一番の刺激になるのが、「空間の情報」。

少し動くだけでも空間的な概念が海馬に刺激を与える。

実際に動かなくても頭の中で移動を想像するだけでも刺激になる。

インターネットを見ていても海馬の刺激にはなる。

しかし、インターネットの欠点は、人間には五感があるけれども、インターネットでは眼と耳だけの刺激の世界になってしまう。

創造に限界が生じてしまうのがそこ。

インターネットを見ているだけでも、海馬は刺激されます。

ただ、インターネットの限界は、眼と耳の刺激だけに限られていることです。

自分の持つ五感すべてで感じることで、今までの創造の限界を超えることになるのです。

■場所は思考に作用する

「シャーロック・ホームズの思考術」(著:マリア・コニコヴァ)にはこのように書かれている文章がある。

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場所は思考に作用する。言うなれば、場所の変化が違う考え方へのきっかけになるのだ。深く染み込んだ関連を消してわたしたちを開放し、新しい関係を作ったり、以前には抱かなかった考え方や思考経路を探求できるようにする。

主人公は行動することによって、本来の自分を取り戻す・変わっていくように見えた。

しかし、実は、それは「場所の変化」が影響しているのかもしれない。

場所が変化したことによって、想像力が開放され、精神的は変化をもたらしたのではないか。

だからこそ、もし、非生産的な思考パターンに陥っていると感じたら、一度その場所から離れて違う場所に行ってみるといいのかもしれない。

■移動する知性

創造的なひらめきが浮かぶ直前、マインド・ワンダリングに関係する脳の領域が活発になることがわかっている。そして、興味深いことに、注意欠如障害を持つ人たちの脳を調べてみると、この部分が非常に活発なのである。注意欠如障害を持つ成人の場合、そうでない人に比べて独創的思考のレベルが高く、実際に創造的な成果を達成するケースも多い。ヴァージン・グループを築き上げた実業家リチャード・ブランソンは、自らを注意欠如障害を持ちながらも成功した例であると公表している。

アメリカ疾病予防管理センターの統計では、子どもの10パーセント近くに多動性に関連した何らかの障害がみられるという。成人になると、多動性は消失し、注意欠如障害が残る。成人の4パーセント前後がこうした障害を持つと思われる。レンガの新しい用途を見つける、というような創造的課題を与えられると、注意欠如障害を持つ人たちは、集中力が続かないにもかかわらず(あるいは、集中力が続かないからこそ、というべきかもしれない)、優れた結果を出す。

※マインド・ワンダリング(心の徘徊)とは精神活動の対象から注意がそれて徘徊する心の動きのこと。

フォーカス(著:ダニエル・ゴールマン)

多動性を持つ人の中には、創造的なひらめきを持ち、様々な分野で成功した人が多い。

多動性がある人のことを障害を持つとあるが、なぜ人間には多動性という性質が遺伝されているのか。

それは、本来人間は移動する生き物=移動する知性だからなのではないだろうか。

つまり、そもそも人間は移動する知性なのだから、多動性という性質を持っていて当然なのだ。




【追記(2016/4/5)】

【追記(2016/5/16)】

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公開日時: 2018年12月7日 @ 16:43

「AI(人工知能)・ロボット・テクノロジーは人間から仕事を奪うのか?」という問いからは人間と機械が一体化するという考え方が抜け落ちている!




■「AI(人工知能)・ロボット・テクノロジーは人間から仕事を奪うのか?」という問いからは人間と機械が一体化するという考え方が抜け落ちている!

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参考画像:Amputee Makes History with APL’s Modular Prosthetic Limb|YouTubeスクリーンショット

the_economic_impact_of_ai_accenture

参考画像:Why Artificial Intelligence is the Future of Growth – Accenture|スクリーンショット

国会や生命保険でもAIを活用する動き|人工知能によって人間の仕事は奪われるのか?|人工知能を専門とする人材はそんなにいるの?で取り上げた、アクセンチュアが発表した「Why Artificial Intelligence is the Future of Growth」によれば、2035年の各国の経済規模について2つのシナリオで予測を行っており、日本では「AIシナリオ(AIの影響力が市場に浸透した場合に期待される経済成長を示す)」における粗付加価値(GVA)成長率は、「ベースラインシナリオ(従来予想の経済成長を示す)」と比べると3倍以上になる可能性があるそうです。

【参考リンク】

AI技術によって労働生産性が大幅に高まる可能性があるとして期待がある一方、「AI(人工知能)やロボットが人間の仕事を奪ってしまう」ということが度々話題になっています。

【参考リンク】

【関連記事】

しかし、こういった話を俯瞰で見てみると、「人間」vs「機械(人工知能・ロボット)」という構造でしか物事を見ていないと感じました。

もう一つの可能性として、人間と機械(人工知能・ロボット)が一体化するという考え方が抜け落ちているような気がするのです。




■人間と機械の一体化はすでに始まっている!?

人間と機械(人工知能・ロボット)が一体化するというとSFのような感じがしますが、すでに現代でも人間と機械の一体化は始まっています。

例えば「義手」です。

Amputee Makes History with APL’s Modular Prosthetic Limb

The Mind-Controlled Robotic Arm Is Getting More Nimble

触覚が感じられる義手開発、米国防総省|脳で義手を動かすことができるようになる!?で取り上げた米国防総省(US Defense Department)の先進技術研究部門、米国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency、DARPA)の研究チームによれば、10年以上にわたり、まひ状態にある男性が、実験的義手を装着することで「触覚」を取り戻すことができたというニュースを以前取り上げました。

神経系に接続してコントロールできる義手が開発で取り上げたJohns Hopkins University(ジョンズホプキンス大学)のApplied Physics Lab(応用物理学研究室)が、高電圧の感電事故で両腕を失った人に、その人の神経系に接続してコントロールできる義手を取り付けることに成功しています。

義手も人間と機械が一体化して感覚を取り戻した例の一つです。

この研究では、手足が不自由になった人たちの助けになることが目的となっていますが、将来的には、「義足のほうが優れていたら義足に付け替えるか」「指(手)・腕を増やしたらどうなるか」というように、どのような選択をするかが問われるようになるかもしれません。(私達はすでに”サイボーグ化”している!?|バイオハックの視点から

「Fairy Lights in Femtoseconds」落合陽一さんインタビュー:「アートはもうテクノロジーでしかなくなる」

(2015/8/17、ギズモード)

ギズ バイオハックのレベルが「義足のほうが優れていたら脚を切って義足に変えるか?」とかそういうことではなくなってきているんですね。もっと次の段階というか…。

落合 そう、もっとナチュラルにバイオハックされていく。義足かっこいいけどね。ただバッテリーに問題があると、ちょっとなあとは思います。足がもう一本生えたりしないかな? 足の裏の感覚がけっこう好きで、これを失いたくはないので、感覚がある義足があれば欲しい。その辺の問題を全部ひっくるめて作りたいですけどね。あとは足より、指(手)がもう2本ぐらいあるといいなと思います。肩のあたりからもう2本ぐらいあるといいな。ロボットアームつけるみたいなインタラクションもありですね。

MetaLimbs: Multiple Arms Interaction Metamorphism (2017)

「MetaLimbs」は「Artificial Limb(人工的な四肢)」をつけて、脚(足)で動かし、第三の手で作業の補助するという提案です。

The third thumb Dezeen

【参考リンク】

「義足のほうが優れていたら義足に付け替えるか」という問いや「指(手)を増やす」というアイデアは一見するとおかしなことを言っているようにも思います。

しかし、ある面から見るとすでに私達は”サイボーグ化”しているとも考えられるのです。

ARの次は『拡張人間』 東大 暦本純一教授の世界

(2015/7/3、Sensors)

「結局は”程度”の問題なんですよ。たとえばあなた。あなたも立派なサイボーグですよ。なんらかの携帯情報端末をもっていますよね?家にはホームオートメーションとAIセクレタリー。それらのデータが災害や事故で失われたら、あなたはどうなりますか?自分の生活をそこまで電子的な装置に依託してしまっているのに、”自分はサイボーグ”でないと言っても説得力はありませんよ。あなたにとって携帯情報端末は既に第二の脳だ。科学の歴史は人間の身体機能の拡張、つまり人間機械化の歴史といっても差し支えない。だから”程度”の問題なんです。」

SENSORSという記事で紹介されているアニメ「PSYCHO-PASS」に登場する、脳と神経以外を全身サイボーグ化した泉宮寺豊久は「肉体を機械化することに抵抗はないのか」と言う問いについて上述したように答えました。

ある側面から見れば、人はすでに道具・テクノロジーによって機能を拡張し、能力の限界を越えています。

高齢者の動きをサポートするパワードスーツ・外骨格スーツやアスリートのためのトレーニングスーツが開発が行なわれていますし、私たちの身近なものでいえば、コンタクトレンズというテクノロジーによって視力が回復していますし、スマホなどの携帯情報端末といったテクノロジーによって能力を拡張しています。

[vimeo]https://vimeo.com/198871875[/vimeo]

Superflex – Aura Powered Suit|from fuseproject|Vimeo

人工知能の登場により、棋士(将棋・囲碁)に変化が現れています。

人工知能は棋士たちをどう変えたのか

(2017/4/1、Yahoo!ニュース編集部)

「人間が見ていなかった手が見えてきた。これは大きな変化です。ダメだといわれていた手の中にも有効なものがあると気付いた」

将棋(囲碁)プログラムの影響を受けることで、棋士たちの指し手(打ち手)に変化が現れているということは、ある種人間と機械の一体化ともいえるのではないでしょうか?

■まとめ

ソニーと東大が「人間拡張学」で連携–次世代を牽引する技術系人材を育成

(2017/3/13、cnet japan)

ヒューマンオーグメンテーションは、人間とテクノロジー・AIが一体化し、時間や空間の制約を超えて相互に能力を強化しあう、IoA(Internet of Abilities:能力のインターネット)という未来社会基盤の構築を視野に入れた、最先端の研究を体系化していく学問領域だという。

IOA(INTERNET OF ABILITY)で「人間の能力」がネットワーク化される未来とは?によれば、ヒューマンオーグメンテーション(Human Augmentation)とは、人間とテクノロジー・人工知能が一体化することで、知覚、認知、身体、存在感の4つの分野で人間の能力を強化・拡張していくことを目的とする暦本純一さんが提唱するコンセプトです。

[vimeo]https://vimeo.com/129263445[/vimeo]

JackIn Head: 1st person omnidirectional video for immersive experience

JackIn: 一人称視点と体外離脱視点を融合した人間ー人間オーグメンテーションの枠組み

(2014/2/27、笠原 俊一、暦本 純一)

JackIn は人間 (Body) の能力を他の人間 (Ghost) が強化拡張するという可能性を持っている.

暦本純一×平野啓一郎対談「機械が進化しても、人間もテクノロジーで進化」

(2017/3/29、MIT Tech Review)

「私は人間が機械とつながり、さらに人間と人間がつながり、人間の存在・能力そのものが多様に拡張・編集される『IoA(Internet of Abilities)』がつくる未来を研究しています」

人間と機械(AI・テクノロジー)の対立構造にするのではなく、人間と機械(AI・テクノロジー)が一体化することで相互に能力を強化・拡張するIoAの考え方を頭に入れておくと、世の中がまた違った見え方をするのではないでしょうか?







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黄砂飛来の翌日に急性心筋梗塞が増加|慢性腎臓病の人は黄砂の影響によって急性心筋梗塞を起こしやすい|熊本大

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■黄砂飛来の翌日に急性心筋梗塞が増加

参考画像:黄砂飛来の翌日に急性心筋梗塞が増える可能性(2017/9/4、熊本大学プレスリリース)

黄砂飛来の翌日に急性心筋梗塞が増える可能性

(2017/9/4、熊本大学プレスリリース)

黄砂が観測された翌日に急性心筋梗塞を発症するオッズ比(相対危険度の近似値)は 1.46(95%信頼区間 1.09-1.95)であり、黄砂が観測された後に急性心筋梗塞患者が増えるという関連性が明らかになりました。

熊本大学の小島淳特任准教授ら、国立環境研究所の道川武紘主任研究員ら、京都大学、工学院大学、国立循環器病研究センターの研究者らと共同で行なった研究によれば、黄砂が心筋梗塞の発症と関連している可能性がわかりました。

特に慢性腎臓病のある人は、黄砂の影響を受けて心筋梗塞を起こしやすくなる可能性があるそうです。




■まとめ

今回の研究では、黄砂にさらされると心筋梗塞を発症しやすい可能性があることを示していますが、黄砂が心筋梗塞の発症リスクを上げるというメカニズムについては分かっていないようです。

黄砂飛来時は光化学オキシダント、二酸化窒素や二酸化硫黄といった大気汚染物質濃度が高くなりますが、統計モデル上でこれらの影響を排除するよう調整しても黄砂と急性心筋梗塞発症に関連性を認めました。

黄砂は比較的粒径の大きい粒子で構成されていますが、急性心筋梗塞との関連が報告されている PM2.5 を含んでいます。

黄砂飛来時には PM2.5 の濃度も高くなるので、PM2.5 の影響を排除した解析も行いましたが、同様に関連性を認めましたので、PM2.5 よりも径の大きい粒子が影響している可能性があります。

また、慢性腎臓病を有すると、体内では酸化ストレスや炎症など生体に悪影響をもたらす反応が進んでいますので、黄砂への曝露がこの反応を後押しすることでより急性心筋梗塞を起こしやすくしている可能性が考えられます。

一つの可能性として、今回の研究では、慢性腎臓病の人が黄砂の影響を受けて心筋梗塞になる可能性があることから、黄砂にさらされることによって、酸化ストレスや炎症などの反応を後押ししているのではないかという仮説が紹介されています。

これまでにも大気汚染が健康に悪影響を及ぼしているというニュースを紹介してきました。

今回の研究では、微小粒子状物質(PM2.5)、光化学オキシダント、二酸化窒素や二酸化硫黄といった大気汚染物質の影響を考慮しても、黄砂によって心筋梗塞になりやすく、特に慢性腎臓病の人は心筋梗塞になりやすいということでしたので、注意するようにしましょう。

→ 心筋梗塞の症状・原因・前兆・予防 について詳しくはこちら

→ 慢性腎臓病とは|慢性腎臓病(CKD)の症状・原因・チェック について詳しくはこちら







【参考リンク】
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自粛解除後に「コロナうつ」が急増する!?




自粛解除後に「コロナうつ」が急増する!?
自粛解除後に「コロナうつ」が急増する!?

ニック・シュリアヒン|unsplash

【特集】「コロナうつ」自粛解除から日常へ戻る今が危険 “心の不調”相談件数も急増(2020/6/3、mbsnews)の中で紹介されている「大阪府こころの健康総合センター」によれば、新型コロナウイルスに関連した心の不調についての相談件数が増加傾向にあるそうです。

緊急事態宣言に伴う営業自粛・外出自粛要請があり、テレワークなど自宅での生活を続けていた人がもう一度会社に通勤するというリズムに戻すのは精神的なストレスになると思いますし、また、新型コロナウイルスによる経済の影響、将来への不安が「コロナ鬱」を引き起こす恐れがあるというのはなんとなく想像できます。

もう一つ、移動しないことがうつ病のきっかけになるのでないかということが考えられます。

<自宅で長時間は危険>スマホの使用時間と位置情報の分析でうつ病診断ができる可能性がある!?|米ノースウエスタン大学によれば、米ノースウェスタン大の研究グループによれば、うつ病患者は外出する気力がなくなり、憂鬱な気分を紛らわすため、一人で自宅などインターネットやゲームをしていたと考えられるのですが、外出自粛に伴って半強制的に自宅に居続ける生活自体がうつ病を引き起こすとも考えられないでしょうか?

#ポケモンGO(#POKEMONGO)はうつ病の改善につながる可能性がある!?|ポケモンGOはプレイヤーの心理的ストレス反応を減少するで紹介した東京大学医学系研究科精神保健学分野の渡辺和広大学院生、川上憲人教授らが行なった調査によれば、「Pokémon GO」を 1 ヶ月以上継続してプレイしたことがあるプレイヤーは、2015年11月時点と比較して心理的ストレス反応(気分の落ち込み、不安、疲労感など、負荷がかかった際に生じる心の反応の総称。)が減少していることがわかったそうです。

ゲームで歩くことが心理的ストレス反応が減少していることからうつ病の改善につながるのではないかという期待がある研究ですが、外出自粛で歩く時間が減ってしまい、元の生活に戻ってしまった結果、心理的ストレスが増加している人もいるのではないでしょうか?

また、孤独でいることもうつ病リスクを高めると考えられます。

一人暮らしの高齢男性、孤食でうつ発症が2・7倍出やすい!?で紹介した千葉大や東京大などのグループが行なった研究結果によれば、一人暮らしの高齢者の男性で孤食が多い人は、だれかと一緒に食事をする人に比べて、うつ症状が出やすいそうです。

意外に多い高齢者のうつ病|なぜ高齢者のうつ病が多いのか?によれば、

  • 日本人の傾向として、物事を悲観的にとらえる傾向が強いこと
  • 加齢による心身の衰え
  • 重い病気
  • 脳血管障害の後遺症
  • 経済力低下
  • 社会的役割の喪失感
  • 一人暮らしの孤独感

などが高齢者のうつ病が多い理由にあるようですが、今回の新型コロナウイルスでは、物事を悲観的に捉える人も多かったでしょうし、経済力の低下や社会的役割の喪失感、孤独感を感じた人も多かったでしょうから、「コロナ鬱」を起こしてもおかしくないのではないでしょうか?

今回のニュースは「コロナ鬱」について取り上げたものですが、認知症の予防につながる9つのリスク要因によれば、うつ・運動不足・社会的孤立といった認知症の予防につながるリスク要因とも関係していますので、「コロナ認知症」を引き起こすことも考えられます。

これからはいかにして新型コロナ対策をしながら、社会的交流を持つ、運動をする方法を考え、実行することが重要になってきます。







【関連記事】

「アップデート・シティ(更新都市)」|既存の言葉・価値観をアップデートし、シームレス・インタラクティブ・非言語のレイヤーを重ねる




今回のアイデアは、落合陽一さん、猪子寿之さん、宮本茂さん、岩田聡さん、糸井重里さん、「アート×テクノロジーの時代」(著:宮津大輔)の考え方や言葉をベースに考えたものです。ありがとうございます。

■本当の意味での「多様性(ダイバーシティ)」について取り組むには「人間中心社会」からの考え方のアップデートが必要

Champs-Élysées Tilt-Shift

by Brian Holland(画像:Creative Commons)

Society5.0とは、「狩猟社会(Society1.0)」「農耕社会(Society2.0)」「工業社会(Society3.0)」「情報社会(Society4.0)」に続く、AI(人工知能)や IoT といったテクノロジーによる未来社会として掲げられた「超スマート社会」というコンセプトです。

参考画像:Society5.0・Connected Industriesを実現する「新産業構造ビジョン」(2017/5/30、経済産業省)|スクリーンショット

参考画像:Society5.0・Connected Industriesを実現する「新産業構造ビジョン」(2017/5/30、経済産業省)|スクリーンショット

Society5.0とは、

Society5.0・Connected Industriesを実現する「新産業構造ビジョン」

(2017/5/30、経済産業省)

「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の⾼いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、⾔語といった様々な違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会。」(第5期科学技術基本計画)

と書かれています。

ただ、内閣府によるSociety5.0とは、

Society 5.0|内閣府

サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)

とあり、「人間中心の社会」を目指している点が気になります。

この考え方は新しいようでいて、実に近代の考え方の延長線上にある考え方です。

近代の考え方では、人間は自然と対立して、自然を克服することで、人間社会を作り上げようとしてきました。

しかし、近代以前の日本では、私たちは自然の一部であったのではないでしょうか。

超主観空間|チームラボ

むかしの日本の人々にとって、自然とは観察の対象ではなく「我々自身も、自然の一部である」と考えているようなふるまいをしていた。
それは、何かの考えや思想によって、自然の一部であるようなふるまいをしたのではなく、単に、むかしの日本の人々は、自分が見えている世界の中にいるモノたちになりきったり、自分が見えている世界の中に自分がいるような感覚を感じやすかったから、そうしたのではないかと思うのだ。つまり「超主観空間」で世界を見ていたから、自分と世界との境界がないような感覚になりやすく、そのようなふるまいになったのではないだろうかと考えている。

西洋の遠近法や写真のように世界を見ているならば、自分と、自分が見えている世界が完全に切り分かれ、はっきりとした境界ができ、自分が見えている世界に自分は存在できません。つまり、世界は、観察の対象となる。だからこそ西洋では、サイエンスが発展したのかもしれない。

超主観空間という考え方は、自然と人間とを対比した関係に置くのではなく、世界と自分が溶けあっていくような考え方だと思います。

なぜ、人間中心の社会ではなくて、人間と自然が一つになった社会のほうが良いのでしょうか?

人間中心社会という考え方というのは、極端に言えば、リンカーンの「人民の人民による人民のための政治」という言葉を引用した、「人間の人間による人間のための社会」であり、標準化することによって、人間の抱える問題を人間が解決する仕組みの社会だったわけです。(このあたりは落合陽一さんの考え方を参考にさせていただいています)

最近では「多様性(ダイバーシティ)」という言葉が注目されていますが、男女平等やLGBTQのような多様性を求めてはいても、現状は、人間が社会を成り立たせるために標準化をすることによって切り捨ててきたままなのです。

つまりどんなに「多様性」を叫ぼうとも、「多様性」の本質部分には迫れていなかったわけです。

本当の意味での「多様性」を実現させるためには、自分自身でありながら、好きなように生きても社会が成立する世界になる必要があるわけです。

「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するものである」
“something which solves multiple issues at once”.

任天堂の宮本茂さんが考えて、任天堂の岩田聡さんとほぼ日の糸井重里さんが広めた言葉です。

アイデアというのはなにか

(2007/8/31、ほぼ日)

問題となっている事象の根源を辿っていくと、
いくつもの別の症状に見える問題が
じつは根っこでつながってることがあったり、
ひとつを変えると、
一見つながりが見えなかった
別のところにも影響があって、
いろんな問題がいっしょになくなったりする。

最近では、多様性という問題が世界で注目されるようになりましたが、一つの問題を解決しようとすると、「あちらを立てればこちらが立たず」というようなトレードオフの関係になってしまっている印象を受けます。

なぜこのようことになっているのかと考えたのですが、それは、問題の本質ではないものにフォーカスを当ててしまい、結局はまた問題が残ってしまっているのではないかと思うのです。

そして、問題の本質というのが「人間中心の社会」という考え方にあるのではないかと思うのです。

だからこそ、これからは、超主観空間の考え方のように「我々自身も、自然の一部である」というように視点を切り替えて、世界は観察する対象ではなく、自分と世界との境界はないという考え方にアップデートしていく必要があるのではないでしょうか?

この考え方にアップデートすることで、多様性という問題に真の意味で取り組めるようになると思うのです。

チームラボの「秩序がなくてもピースは成り立つーDiorama」は、キャラクターたちが踊ったり、楽器を演奏したりして、鑑賞者の存在にインタラクティブに反応する作品です。

Peace can be realized even without order / teamLab exhibition “We are the Future” (beta ver.)

「アート×テクノロジーの時代」(著:宮津大輔)

アート×テクノロジーの時代 社会を変革するクリエイティブ・ビジネス (光文社新書)

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従来の社会が「抑制こそ秩序」であり「秩序こそ平和」と捉えていたことに対し、作品タイトルが示す通り、新しい時代の平和は「悪」や「異物」の排斥、禁止ではなく、「良」や「快」の推進こそが鍵であるというコンセプトに基づいています。

言い方を変えれば、一切の秩序がないにもかかわらず、祭りの中で人々が解放される時に感じる非常にピースフルな感覚を、デジタル技術で可視化したものといえるかもしれません。p54

抑制や秩序によって締め付けたり、切り捨てていくのではなく、祭りの中で感じられる開放的な感覚のままに生きられる世界が真の意味での「多様性」がある世界なのかもしれません。

「我々の間には、チームプレーなどという都合のよい言い訳は存在せん。 あるとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけだ。」(攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 第5話.)

■近代化された明治の言葉(明治翻訳語)を使わず、旧く新しい考え方・言葉で都市をアップデートしよう!

そして、もう一つ必要だと思うのが、言葉のアップデートです。

私たちは明治以降に作られた明治翻訳語をベースに物事を考えているのですが、この言葉が現代とそぐわなくなってきているのではないかと思うのです。

【参考文献】

近代に生まれた言葉はたくさんあり、その言葉を基に私たちはモノを考えているのですが、例えば自然という言葉には「翻訳語成立事情」(1982、岩波新書、柳父章)を参考にすると、「おのずからそうなっているさま。天然のままで人為の加わらぬさま」とあります。

つまり、自然とは「手つかずのもの」という意味です。

しかし、もし「自然」が人為的なものであってもそれが気付かないものであったら、それは自然であるでしょうし、また、山や森を守るために人の手を入れていることは果たして自然ではないと言い切れるでしょうか。

つまり、自然の意味もとらえようによってはアップデートできるのです。

自然とは観察の対象ではなく「我々自身も、自然の一部である」という考え方をベースに、自然という言葉の意味をアップデートすることができれば、自然のとらえ方もアップデートされます。

これから、「情報社会(Society4.0)」に続く、AI(人工知能)や IoT といったテクノロジーによる未来社会を目指すのであれば、明治以降に生まれた近代語をそのまま使うのではなくて、この時代にあった言葉の意味にアップデートをする必要があるのです。

荘子の胡蝶の夢-物化の構造と意味-(橋本敬司)

万物が我と一体である荘子において、言語によって一だと説くこと自体が、言語によって世界を分断し、世界が一つである世界を破壊してしまう行為であった。つまり、現実世界は、言語的に作り出された幻想にすぎなかったのである。

■「アップデート・シティ(更新都市)」

アップデート・シティにおけるOSのようなベースとなる考え方は、「我々自身も、自然の一部である」という考え方です。

まずはこの基本的な考え方がなければ、この上に築かれるものは砂の上の楼閣のようにすぐに崩れ去ってしまうでしょう。

次に、参考にしたのは、チームラボの「Digitized Nature, Digitaized City(デジタイズド・ネイチャー、デジタイズド・シティ)(自然が自然のままアートになる、街が街のままアートになる)」という考え方です。

[vimeo]https://vimeo.com/196240838[/vimeo]

Tokushima Digitized City Art Nights – teamLab Luminous Forest and River

[vimeo]https://vimeo.com/226744395[/vimeo]

a forest where gods live: teamlab unearths digital artworks across mifuneyama mountain

【参考リンク】

「アート×テクノロジーの時代」(著:宮津大輔)

都市や自然の一部に光や音といった非物質的要素を付加し、センサーや通信ネットワーク等のデジタル技術とつなげることで、人々の行動や状況変化に対しインタラクティブな反応を発生させるものです。つまり、元々有していた場所のパワーをデジタルの力で増幅させることで、その「場」自体をアート作品にするという全く新しいタイプのパブリック・アートといえます。p215

何も加えず、何も壊すことなく、今あるものをすべて使いながら世の中に新しい価値を生み出す p218

建物を壊したり、新たに建てたりしなくてよい「デジタイズド・シティ」や、自然の中にアートがあるのではなく、自然そのものが自然のままアートになる「デジタイズド・ネイチャー」によって、新しい世界が広がってゆくべきである p251

「2045年は今よりあたたかく、(あらゆるものが)融合された世界となり、都市も画一化されたものから、ローカライズ(地方化)されたものに変わっていくでしょう」と予想しています。p252

都市を再構築すると考えると、破壊と創造を頭に浮かべる人もいるかもしれません。

今回掲げたアイデアは「アップデート・シティ(更新都市)」という名前の通り、都市を最新のものに更新するという考え方です。

最新というと古いものを壊すというイメージがあるので、今回は更新という言葉にしました。

大事なのは、建物を壊すのではなく、今あるものを使いながら、元々有していた場所のパワーをデジタルなどの力で増幅させることで、新しい価値を生み出し、都市をアップデートすることにあります。

そして、この「アップデート・シティ(更新都市)」の考え方のレイヤーに、「シームレス(継ぎ目がない)」と「インタラクティブ(双方向性)」と「非言語」という考え方のレイヤーを重ねます。




●シームレス

世界から「重力、ゲート、繋ぎ目」はなくなる。メディアアーティスト落合陽一さん2

(2015/11/3、東大新聞オンライン)

2つ目、ゲートをなくすこと。

この世界にはゲートが多すぎる。大体が人の労働コストに縛られた改札構造だと思う。都市の特徴。

本当は電車から降りた瞬間に、改札なんかに集まらずに自由な方向に向かって行ったっていいわけじゃん?
なのになんで改札があるかというときっとホワイトカラー時代の名残で、誰かが観察して、警備して、管理する必要があったから。つまりそれって、マンパワーの労働力を基準にして人間の行動が束縛されてきた訳で。

でもそんな束縛はコンピュータ時代には不要だと思っていて、人間は自由な方に自由に行っていいはずだし、ゲートが一個もない地下鉄とか、レジがないコンビニとかがあってもいいよね。

こういった都市構造自体の再定義をデジタルネイチャー時代にどうやっていくかには、すごい興味がある。

「黒川紀章ノート」にこのように書かれています。

黒川紀章ノート―思索と創造の軌跡

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農業化社会は実は工業化社会に非常に近いということに気づいたのである。

両方共、人は、決まった時間に決まったことをやっていればいい。農業は、月が出たらどうするとか、何月にはこうすると、季節によってきちんとすべきことが決まっている。

それは、工業も同じだ。工場も、屋内の畑のようなもので手順がきちんと決められていて、それにしたがって作業が行われている。

だが、情報化社会は違う。ここでは決まったやり方というものはない。人々は、常に情報を集め、それによってアドホックに動く。

※アドホック:「特定の目的のための」という意味

現在存在する都市は、決まった時間に決まったことをやる、人々はそれを実行し、管理していくという農業化社会・工業化社会の考えに基づいて作られて都市が作られているのではないかということ。

情報化社会といわれて久しいですが、実際の私たちの都市は情報化社会に合わせた都市づくりにはなっていないのかもしれません。

情報化社会では、生きるために必要な情報をより早く仕入れ、それに基づいてすばやく動いていくという遊牧民(ノマド)のような人が生き残る社会です。

そういう人たちにとっては、「ゲート」というものは行動を制限してしまうかもしれません。

「黒川紀章ノート」

メタボリズムの方法論では、都市の遊びの空間について、こう展開している。

「高度に秩序化された都市は、同時に魚釣りを楽しみ、虫の音を聞き、スポーツを楽しむ都市でなくてはならない。高度に機能化されたオフィスや工場は同時に、自由な思索の場であり、遊びの場でなくてはならない。しかしこの両端を妥協的に調和させるのではなく、それを対立的に劇的に共生させることが都市の中にドラマティックな緊張感を作り出す」

今は働く場所と生活する場所、遊ぶ場所は分かれています。

これは、ある種「ゲート」で管理されているともいえるのではないでしょうか。

新しい都市の発想から考えれば、新しい都市では、働きながら(働くということも将来はどうなるのかわかりませんが)、遊びながら、生活しながらということを一続きにシームレスに行なえるようになっていくでしょう。

人間の身体には繋ぎ目はほとんどないように、コンピュータは物体と物体の間につなぎ目のない社会を作り、そして、さらには人間と物体とのつなぎ目もなくしていく世界になるでしょう。

●インタラクティブ

なぜインタラクティブ(双方向性)である必要があるのかということについては、鑑賞者同士の関係性に互いに影響を及ぼしあうという点と、一期一会の考え方にあります

猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第4回「モナ・リザの前が混んでて嫌なのは、絵画がインタラクティブじゃないから」

(2016/4/5、PLANET)

 これが面白いのは、他の人の振る舞いでアートが変化しているのを、第三者的に見て面白がってることなんだよ。
 インタラクティブというときに、みんな「自分の振る舞いで作品を変えること」を考えていると思う。でも、それってデジタルゲームに代表されるように、「自分と作品」の一対一関係になってしまう。そこには他者がいない。だけど、こういう作品を上手く設計すると、同じ空間にいる「自分と他者」の関係をポジティブに思える気がするんだよね。
 その意味で、僕は自分がインタラクションする必要すらないと思ってるの。むしろ第三者の視点で見て、同じ空間にいる他の人が作品の一部みたいになることがすごくいいと思うし、そうすることで同じ空間にいる人々同士の関係性をポジティブに変化させたいんだよね。

<中略>

 これまでの人類は「他者の存在は人間にとって不快なもので、だからこそちゃんと受け止めるのが人間としての成熟だ」みたいな議論をしてきたわけだよ。でも、猪子寿之は現代のテクノロジーと洗練された表現を使えば、それをポジティブなものに転化できると信じている。理解もできないし、コントロールもできない他者が周囲にいることは、我慢して受け入れるものではなくて、むしろポジティブに捉え直せるんじゃないかと思っている。

チームラボでは「デジタルアートがその場の鑑賞者の関係性に影響を与える」という考えを持っていて、人々の存在によってアート作品がポジティブに変化すれば、鑑賞者もポジティブな受け取り方をすることにより、関係性がポジティブなものになると考えています。

これまでの考え方は、他者を排斥する存在や我慢して受け入れる存在としてきましたが、チームラボの考え方は、ポジティブなインタラクティブ性があれば、自分と他者という関係性がポジティブなものに変化するのではないかというものです。

もう一つは、一期一会の考え方があります。

「一期一会」とは、一生で一度の出会いという意味だけではなく、今というこの機会は二度と繰り返すことのない瞬間なのだから、その今をいかに大事にするかという意味が込められています。

一期一会の考え方を大事にしているのが、「能楽」なのだそうです。

「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG」という能舞台と最後の桜見

(2011/9/28、本気新聞)

能楽とは、他の演劇とは違って、本番の一回性に特別な意味を置く芸能である。
例えば、能に関する対談本(「能・狂言なんでも質問箱」)の中では、能の演目・「道成寺」の落ちてくる鐘に入る場面の稽古に関してこんなことが記されている。

葛西(聞き手):現代の言葉で言うリハーサル、何回か出来るんですか。
出雲(シテ方喜多流):1回ぐらいです。だけど、鐘には入りません。
葛西:入らないで。どうやって稽古するんですか。
出雲:申合せっていうのが二三日前にあるんですが、そこで鐘に向かっていって、さっきみたいにやるんです。しかし、申合せで、本来の位置を少しずらして、同じタイミングで、こっちはドン、ドンとやって、ピョンと飛び上がるときに、向こうで鐘をドーンと落とす。
葛西:つまり別々に稽古して、本番一回きりなんですか。
出雲:はい。
山崎(シテ方喜多流):本番で初めて入るんですからね。

能楽において、その本番の一回がどのようになるかは、演者も想像出来ない部分を残すということなのである。
その意味で、能楽とは、再生芸術ではない。

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能楽は「一期一会」を大事にしていて、能の上演は一日限りが原則なのだそうです。

そして、能楽においては本番の一回性を大事にしていて、演者にとっても想像のできない部分を残した、巡り合わせのようなものを大事にしている芸術といえます。

インタラクティブであるということも同じではないでしょうか?

その空間に偶然居合わせた人たちと互いに影響を及ぼしあうという「一期一会」の考え方によって、この機会は二度と繰り返すことのない瞬間なのだから、その今をいかに大事にするかという考え方がもたらされるのではないでしょうか。

●非言語

「アート×テクノロジーの時代」(著:宮津大輔)

つまり言語化される時点で多くの情報が抜け落ちるため、データ量が多く自由度の高い(加工前の)ローデータの方が優れている点。さらに言語化、記号化された時点でコピーが容易になる点から、情報伝達における優先順位が、体感(写真)言語になるという考え方です。p40

「すごいテンションが上がったり、すごい感動したり、でもそれを言葉で説明することができないような感動の領域があって、その『言葉にできない領域』は、論理がないので再現性がない。(他の企業がコピーできない)そういったものがこれからの社会では差異を生むと思っています」p65

自分が伝えようとしたメッセージとは違った受け取られ方をしてしまうような、言語化することで大事な情報がこぼれ落ちてしまうという経験をしてことはありませんか。

本当はそのこぼれおちた部分のほう、例えばニュアンスが大事だったにもかかわらず、言語化することで上手くニュアンスが伝わらず、人を傷つけたり怒らせてしまったという経験は誰しもが経験したことがあると思います。

だからこそ、都市全体を非言語化することができれば、よりデータ量が多く、しっかりと情報を伝えることができるのではないでしょうか。

また、感情が高ぶったときなど言葉にできないことというのは、言葉にできない=論理的ではない=再現性がない、ということなので、非言語をベースにする都市というのはコピーをすることができないため、非常に価値の高い都市になるのではないでしょうか。

【関連記事】

●アニミズム的思想とIoT

「アート×テクノロジーの時代」(著:宮津大輔)

日本では、古来、神や精霊、霊魂を、身の回りのあらゆるものに見るアニミズム思想が存在し、それらを八百万の神と呼んで敬っています。山や巨木をはじめ、トイレや台所、はては米粒の中にまで神様がいると考えられているのです。また、長い年月を経た道具にも付喪神として神や精霊が宿るといわれています。p269

ただ技術が大きな社会変革を起こすときこそ、世の中全体が同じ方向を目指すのではなく、そこに「他との違いを認め許容・共存する」考え方や「複眼的、多視点」であることが何よりも重要である p278

日本で根付いていた身の回りのものに、神様や精霊などが宿るという考え方が大事にされてきました。

妖怪や幽霊もある種この考えに近く、だからこそ妖怪や幽霊に関するマンガやアニメを受け入れやすかったのではないでしょうか。

そして、この考え方は、IoTについて考えるときに役立つと思います。

モノに命が宿るという考え方がある日本こそ本当の意味でのIoTを活かすことができるのではないでしょうか。

●動的

■まとめ

今回の考え方のポイントは、既存のモノや言葉、価値観を破壊するのではなく、アップデートすることにあります。

壊すのではなく、言葉や価値観をアップデートさせることで、今あるものの、元々有していた力をテクノロジーなどの力で増幅させることで、新しい価値を生み出し、都市をアップデートすることを目的としています。

そのためには、多くの人とのパートナーシップが重要です。

『サードウェーブ 世界経済を変える「第三の波」が来る』(著:スティーブ・ケース)では、第三の波(あらゆるモノのインターネット)によって、あらゆるモノ・ヒト・場所が接続可能となり、従来の基幹産業を変革していく中で、企業や政府とのパートナーシップが重要になると書かれています。

サードウェーブ 世界経済を変える「第三の波」が来る (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)

第二の波では、インターネットとスマートフォンの急速な普及によってソーシャルメディアが激増し、盛況なアプリ経済が誕生した。その中でもっとも成功を収めたスナップチャットやツイッターのような企業は、小規模なエンジニアリング・チームからスタートして一夜にして有名になり、第一の波の特徴であったパートナーシップをまったく必要としなかった。しかし、こうしたモデルは現在がピークであり、新たな時代は第二の波とはまったく違う―そして最初の波とよく似た―ものになることを示す証拠が増えている

「IoT」といった「第三の波」で社会は大きく変化をしていきますが、社会問題を解決する手段として、これからますますいろんな人たちとのパートナーシップが重要になってくるでしょう。

「アップデート・シティ」においても大事なことは、言葉や価値観のアップデートを基にして、多くの人たちとのパートナーシップになることだと思います。







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